地元と実家のこれからについて思うこと

「おめ、はよこっち帰ってこいてば」

 

地元に帰ると誰かしらに言われることである。

 

東京に出てきて10年。いい美容師になりたい。ただそれだけの想いで東京に出てきた頃のことは、つい最近の事を思い出すように容易い。6年ほど勤めた店を飛び出し、ちょうど同じタイミングで起こった震災のボランティアを丸1年。お金が無くなり、最短でお金を貯めるのと太った体を絞るために車の工場で8か月間勤務。そこから東京に戻ってきて3か月ニート。その後、今の店で働かせてもらって3年ちょっと。

早い。あまりにも早く感じるこの10年。今でさえ様々な研修に行ったりプランニングがうまいであろう人の近くにいることが多くなったため、目的目標設定、計画やPDCAを回すことなどの重要性を認識してきているが、10年前の自分は振り返ってみれば勢いだけだった。東京に出てきて必死に働けばいい美容師になってうまくいく。そんな考え。頑張っていなくはなかっただろうが、簡単に考えていたなと振り返ると思う。人生は簡単にはいかないな。が、そこが面白さでもある。職場があり、お客様や共に働く人や周りの人一人一人に支えられ、今こうして生活できていることに感謝である。

これから自分の目標に向かってやらなければならないことは山積みで、タスクを目の前にした時のストレスよりも充実感を感じながらそれに向かうことができている、、、なんて、そんな時ばかりでもないけど、やることは決まっていて、やらなければ始まらない。無心にやるのみ。それが答えだし、それが今の自分の人生を生きるということだと思っている。

自分がこれからやるべきこと、やりたいことの殆どは「東京で」だ。しかし、生まれ育った地元のことを自分はどう考えているのか。再考する意味も込めて書いてみたい。

 

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新潟県長岡市と聞けば真っ先に花火が思い出されるほど花火ブランディングに成功している街である。実際、長岡花火は凄いと思う。これを書いているつい3日前に見たばかりで感動を鮮明に覚えているうちに言っておきたいが、一生に一回は見る価値あり。有給とって日帰りで東京から見に行く価値あり。YouTubeで見てこんなもんかと思っている人に秒速で「いやいや5%も凄さ伝わってないでしょ」と、突っ込みを入れたくなるほど一度は行ってみる価値ありの花火大会だと思っている。

自分が生まれ育ったところは、長岡市の和島地区という田園風景広がる長閑でいわゆる何もないところ。平成の大合併において長岡市に吸収合併されたが、旧名は和島村という人口5000人程度の小さな村だった。両親は二人とも自営で、母親は今でも美容師をやっている。自分が美容師を志したのも母親の影響によるところが大きい。自分と妹は東京に住みそれぞれ仕事をしていて地元に帰るのは盆と正月程度だ。

「おめ、はよこっち帰ってこいてば」。地元に帰ると誰かしらに言われる「早く地元に帰ってこい」という言葉。正確には親戚や年配の方からはこんな感じで方言丸出しで言われ、友達からは「まこどん(地元でのあだ名)こっち戻ってこないの?」と言われる。そんなに地元に帰ってきてほしいのだろうかと半信半疑になる時もあるが、地元にいる人の心理も理解できる。親からは直接的には言われることはなく、「お前はこれからどうするの?」という問いかけ程度で、そこから「帰ってこい」という結論に導かれることはない。本当は帰ってきて欲しいのだろうと子供は容易に想像がつく。でも仕事は東京でやりたいし、実際帰っても今の収入とやりがいに変わる職に就けるイメージは湧いていない。

自分は地元の人からどう思われているのだろうと思う時もあるし、自分でもこのままずっと東京で仕事をすることに対して懐疑的になる時もある。一度東京に出てきたのだから成功するまで帰らない。その想いは強くある。しかしここ10年で地元が変わってきていることに対して、自分ができることは何かと考えるようになってきている。

◯◯さん家のおじいいちゃん、またはおばあちゃんが亡くなった。病気になった。手術した。実家に電話したら5回に1回はこんな話題になる。駅前の商店街がシャッターが閉まったまま、ずっと開かなくなっている様子はもう見慣れてしまった。田舎あるあるなのだろうか。ネガティブな話題が多くて真新しさやポジティブな話題は少ないように思う。長岡花火はじめ、様々な産業振興のために尽力されている方々の努力を周到して言わせていただければ、だ。

過疎化、産業の衰退、人口の流出については周知の問題として深く触れないようにするが、自分の身の周りに起こりうる問題として親の没後の家をどうするかということがある。自分が東京で働き続けるなら空き家になることは目に見えており、家も管理している田畑も荒れる。

 

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築130年のもう古民家の肩書をつけても問題ないレベルの家だ。エアコンはない。ちなみにテレビはある。ラジオもある。数年前にネットも開通させてある。

 

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庭。夏は窓を開けっ放しにすると涼しい風が入って気持ちがいい。自分も割と気に入っている庭なので、10年20年経って人が住まなくなり、庭も荒れ果ててという情景は想像したくない。

10数年後か何年先になるかわからないが、この場所に定期的に人が集まるようにしたら面白いかなと思っている。幾つか例を挙げると、

①ゲストハウスとして宿泊施設にする。学生をメインターゲットにするなら常駐するスタッフを置き、講師を呼んでセミナーをしたり、畑や田んぼで作物を作ったり、ツリーハウスを作ったり。ど田舎だからこそ提供できる価値は、その地の自然環境や地元企業とのコラボ、自治体と協力して創生するなど、できることは少なくないはずだ。

②海外や国内の旅行者をターゲットとした宿泊施設。これはかなり資本と労力と人材を投入しなければいけないが、不可能ではない。

③企業の誘致。ど田舎にIT企業創ったら都会よりもストレスなく仕事できそう。実際、四国のどこかの自治体がやってたと思う。

④Air&bnbのような民泊。

 

机上の空論としてでも空想のレベルで色々言っているんだなとも、どう受けとってもらっても構わないが、地方に人を呼ぶのは重要だと思う。自分ではこの程度の発想が今のところ限界だ。その地域の中で短期的な消費を促すようなハコモノではなく、その土地ならではのコンテンツやサービスをその土地に住む人たちを巻き込んで創出することの方がより良い問題解決に繋がるのではと思っている。

 

理想の働き方は東京と地元とを行ったり来たりすること。東京では美容室を経営し、地元ではゲストハウスを幾つか運営する。経営する美容室のスタッフと田舎で合宿をする。海に行って泳いだり、山に入って木を切ったり、畑で作物を栽培して収穫してそれを食べる。自然に触れ、人と出会い、その優しさに触れる。そんな環境を創る。

 

期限設定して目標にすべきところであると思うが、まだ期限設定するまでのイメージができていないあたりがまだまだだ。もっと願望を明確にしていきたい。

 

今すぐにではないがさほど遠くない将来に家をどうするか?田畑をどうするか?の問題に答えを出さなければならない。その時に我が家にとっても、近所の方々やその地域にとっても良い影響を与えられる選択ができたら、少しは今まで地元に育ててもらった恩返しができるのではと思っている。

 

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いろんな場所からいろんな人が集まる場所になったら面白いなぁと。

 

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今回の夏休みに首都圏から19名もの人が普通の民家に来てくれた。佐々木家にとっても前代未聞の人数の受け入れであり、移動や食事、寝具はどうするかなど不慣れな部分もあったが、来てくれた人にこの土地の風土を感じてもらえたことは労力以上の価値があると思っている。こんなど田舎にわざわざ来てくれた一人一人に心から感謝をしたい。

 

そして今回のツアーの裏テーマとして、将来の実家や地域の可能性を探っていた部分もある。都会から来た若者はどんな反応をするのだろうか。どの辺を不便と感じ、またどこに魅力を感じてくれるのだろうか。リスクはどこにあるのか。運営側は何をすべきか。みんなと過ごす時間を楽しみつつも、そんなことを考えながら過ごしていた。が、9割5分の時間はそんなことは考えず一緒になって楽しんでいたかもしれない(笑)

 

地元に住んでいない自分が地元の現状についてあーだこーだ言うのは、今いる地元の人に対して失礼だろう。しかし今までの人生の3分の2は地元で過ごしてきているし、この歳になって地元に対する思いは確固たるものとして自分の中にあると感じてきている。地元に育ててきてもらった恩を自分はどうやって返そうか。自分が地元や実家に対してできることは何か。これからの2〜3年はそんなことを考えて過ごす時間が多くなりそうだ。

 

 

 

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